2016年7月15日金曜日

東アジア強制立ち退き法廷でのスピーチ原稿

これまでの経緯と問題点、現状がコンパクトにまとまっています(原稿の一部は略しました)。
中国語版(Chinese version)http://bit.ly/29U9dXL
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当事者が参加することが出来なかったので代わりに私が話します。私は「霞ヶ丘アパートを考える会」の支援者の一人です。
霞ヶ丘アパートは、東京都新宿区にあり、新宿駅から2キロ、原宿駅から1キロ、渋谷駅から2.5キロの場所にある東京都の公営団地です。隣接して都立明治公園、その隣に国立競技場があります。明治天皇を祀った明治神宮と関連した明治神宮外苑と呼ばれる地区にも隣接しています。明治神宮外苑は運動場や野球場などのスポーツ施設を配置した広大な洋風庭園です。団地内にも住民の育てた豊かな緑があり良い環境の公営住宅です。
このあたりは一九四五年五月二四日・二五日の山の手大空襲によって大きな被害を受けました。霞ヶ丘アパートは第二次世界大戦直後の一九四六年に101戸の木造長屋の都営住宅として作られました。戦災者や中国から引揚者たちが多く住んだそうです。周辺に残っていた兵舎や将校会議所、馬小屋などにも同じく戦災者が居住していました。
1964年東京オリンピックでは、国立競技場で開会式や陸上競技が行われました。そのため、国立競技場周辺では家屋の立ち退きが行われ明治公園が作られました。また、霞ヶ丘アパートも鉄筋コンクリート5階建て10棟300世帯の都営団地に建て替えられ、木造長屋や周囲の兵舎などから入居しました。64年東京五輪の国家的な目的は、敗戦からの復興を国際社会に示すことだったので、戦争の被害や戦後の貧しさを示すと思われたものを取り除こうとしました。64年五輪において、家屋の立ち退きは都が整備した道路建設だけで7000軒近い数に及んでいます。その他の建設を含めれば相当な家屋が立ち退きにあいました。

それから50年近くがたちました。小さかった木は大きく育ち、子どもたちは団地から独立し、当時若かった人々は高齢者になりました。人々は長い時間に培われたコミュニティの中でおまつりや老人会などを行いながら静かに暮らしていました。そこに再びオリンピックがやってきました。

国立競技場の建て替えについて、文部科学省の傘下にあり国立競技場などを管理運営する日本スポーツ振興センター(JSC)が主催する会議で2012年3月から検討していました。会議には、JSC理事長の河野一郎を座長に、現在オリンピック組織委員会会長で元総理の森喜朗、当時都知事だった石原慎太郎、現在オリンピック担当大臣の遠藤利明、日本オリンピック委員会会長竹田恒和、建築家の安藤忠雄などのそうそうたるメンバーが参加していました。そして、2012年7月13日の会議で霞ヶ丘アパートは新しく作る予定の国立競技場敷地に決定されました。東京都から霞岳町会に移転決定を告知したのが7月19日。翌日には、<新国立競技場基本構想国際デザイン競技募集要項>が公表されました。要項の中で、霞ヶ丘アパートは新しい国立競技場の<関連敷地>とされていました。国立競技場の直接の敷地ではないが、人がたまる場所・バリアフリールートとして、巨大化する競技場で失われる明治公園を新たに作るために必要ということでした。霞ヶ丘アパートに暮らしていた230世帯約370人にとっては「寝耳に水」の突然の出来事でした。
東京都が主催しJSCも同席した2012年8月26日の移転に関する説明会は、当然のことながら住民たちの反対する声によって占められました。誰一人としてこの計画に賛成する発言はありませんでした。
「地域のほとんど、高齢の方は終の住処として考えている。」「あたかも3・11の津波に襲われた東北地域のようにこの建築計画という津波が一気に町を襲って町がなくなっちゃうんです。それを僕らは反対している。」「私たちの絆を壊さないでいただきたい」
住民たちは、霞ヶ丘アパートが戦後60年以上にわたって作られた緊密なコミュニティであることを訴え、せめて同じ場所で建て替えが出来ないかと都に迫まりました。
しかし、都は「この場所に新しい物を建てることができない」とした上で、国策として決まったと聞いていると主体性のない返答を繰り返しました。
霞岳町会は当初は強く反対をしていましたが、半年ほどで移転を認める立場に変わりました。東京都は、部屋の大きさについて優待した団地への早期移転、また3つの都営団地への移転を提示しました。
2014年7月に茨城大学の稲葉奈々子研究室が行った住民アンケートによると回答数43中34世帯が「このまま霞ヶ丘アパートで暮らしたい」と回答しました。アンケート結果などを踏まえ、2014年7月15日に住民を交えて東京都庁で記者会見を開き「霞ヶ丘アパートを考える会」が発足しました。
2015年7月には安部総理が建築費の膨張を抱えた新国立競技場の白紙撤回を宣言しました。しかし、新国立競技場の関連敷地であった霞ヶ丘アパートの立ち退きは見直されませんでした。考える会は3回の記者会見、国・都への数多くの要望書提出、交渉を行いましたが、計画を変えることは出来ませんでした。
2016年1月末までに霞ヶ丘アパートから退去することを東京都は求めてきました。多くの住民は苦渋の思いで移転をしました。現在も、霞ヶ丘アパートには私が知っている範囲では2世帯3人が生活しています。

現在、住民が直面している問題について述べます。
1、仮囲いの中での生活
東京都は2016年5月9日から団地の解体工事のための仮囲いを作りました。高さ3メートルほどの白い鋼板で団地は囲まれています。住民と関係者は出入り出来ますが、出入り口が限られていることで生活が不便になっています。隣接する避難場所である公園との通路も絶たれました。逃げ道のない通路は住民に犯罪への不安を与えています。また、なによりも強いプレッシャーが仮囲いの中の生活にはあります。

2、住民が居住する中での解体工事
東京都は7月4日から団地建物の解体をはじめる予定です。住民の中には95歳になる女性もいます。彼女は、自分の部屋近くの仮囲いの杭打ちがはじまった5月9日に具合が悪くなり救急搬送されました。帰宅しましたが、翌日も工事が続く中、再び救急搬送されて入院しました。1ヶ月後退院され、現在は同居している方が介護をしている状態です。介護している方も、他の住民も高齢です。そのような中で、騒音と粉塵が激しく発生する建物解体工事を行うのは居住者の健康にも人権にも大きな問題です。

3、東京都が住民の容認できる移転先を提示せず、住民の希望する移転先を認めないこと
住民たちは、国・都の団地移転のプロセス、また、要望書などへの不誠実な対応に納得していませんが、希望する都営団地には移転する気持ちがあります。住民は、介護中の母と並んで寝られるスペース、や、かかりつけの医者から近い、などの譲れない生活条件があります。しかし、都は、はっきりとした基準も示さずに希望する都営住宅への移転を拒絶しています。

4、東京都が部屋の明け渡し訴訟をする懸念
東京都は2016年1月18日付けの住民への文書で「本件住宅の明渡しを請求します」「あなたが本件住宅を明け渡さないときは、本件住宅の明渡請求訴訟を提起します」と通知しています。東京都が部屋の明け渡しの仮処分を裁判所に提訴する可能性があります。また、国家プロジェクトであるオリンピックが理由である仮処分を裁判所が認め強制執行を行う懸念があります。明治公園に住む野宿生活者はオリンピックを理由にすでに強制排除されています。
都営住宅の賃貸人の生活権・人権を侵害する明渡請求提訴を絶対に認めることはできません。

以下は3日前に住民からいただいたコメントです。

工事のブルトーザーで部屋が揺れて怖いです。こういう経験をするのははじめてなのですが、私達が不当なことをしているわけでもないのに、きちんと説明もしない行政に怒りを感じます。仮囲いによって病院に行くのにも遠回り、行き止まりの夜道で危険な思いをしていますが、母の介護がありなかなか訴える時間もありません。仕方なく従っているけど、ものすごく生活が不便です。これから始まる建物解体は埃や振動・音が心配です。高齢者である母にとって環境の変化はものすごいストレスになると医者にも言われています。在宅介護・在宅医療の必要を行政が訴えていますが、私が求めているのも、なるべく環境が変わらないところで今のように夜も母の介護ができることです。それを都は認めようとしません。母は夜になるとヤダーとか怖い、と家がなくなる不安などを訴えています。

次も住民からいただいたコメントです。

公共事業は自然や社会の変化に伴って進められるのは当然だと思います。でも上意下達で従わせる手立ては人間的ではないでしょう。人がいて社会施策があり、施策が先行して「あら人がいた」ではないと思います。
「国策です。移転していただくことになりました」と突然の説明会。住民の存在を重く考えず、安易に受け入れたとしか考えられない東京都は「真摯に受け止め、誠実に丁寧に応じていく」と明言しましたが、結局場当たり的な弁明でした。その2年3か月後に開かれた説明会では、あっちへこっちへと移転先住宅が示されただけでした。
戦後復興に勤め、衣食住不自由を強いられ国の発展に労してきた高齢弱者には確固たるプライドもあります。「古い!時代は変わった。こういう扱いされて当たり前」と認識新たにすべきなのでしょうか。これでは人間社会は一気に荒んでいくと思います。あちこちで発生している多様な自然大災害は先を物語っているように思います。

以上で事例報告を終わります。
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昨日に続いて、霞ヶ丘アパートを巡る問題のポイントについて述べたいと思います。

最大の問題は、住民に対して説明も相談もなく立ち退きの計画が決定されたことです。
文部科学省傘下の独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が新国立競技場建設のために霞ヶ丘アパートの立ち退きを決めたのは、2012年7月13日の第2回国立競技場将来構想有識者会議の席上でのことでした。その決定までに霞ヶ丘アパートの立ち退きについて住民にも霞岳町会にも一言の相談も説明もありませんでした。新国立競技場の国際デザイン競技募集要項が公表される前日である7月19日に東京都が町会に説明したにすぎません。募集要項は建築家向けで住民向けではないのは言うまでもありません。また、募集要項には<関連敷地>とされた場所に霞ヶ丘アパートが存在することについての記述はありません。
東京都が一般住民に向けて説明会を開いたのは、募集要項発表から1ヶ月以上すぎていました。

2つ目は、国も東京都も住民の声を全く聞こうとしないことです。
東京都が2012年8月26日に開いた移転に関する説明会で、圧倒的に住民から反対の声が上がったことは昨日述べました。しかし、それらの声に対して何ら回答することなく、東京都が約束していた「ご意見をお伺いする機会」はそれから2年以上経過した2014年11月19日までありませんでした。しかもそれは<最終移転に関する説明会>という移転先の説明を行うものでした。JSCは、形ばかりの説明会を一度開いただけです。都知事は、2014年6月に霞ヶ丘アパートの立ち退きについて「現場を見て判断したい」「いろんな方の意見を聞きながら前に進めたい」と発言しました。考える会として都知事に来訪を要望したかかわらず、住民の前に姿を現すこともなく予定通りすすめると発言しました。考える会が出した要望書や質問書にも満足できる回答が返ってくることはありませんでした。国や都が決めたから住民は従えという姿勢は一貫して変わりありません。

3つ目は、霞岳町会は移転を承認していたということです。
立ち退き計画が発覚した当初、町会は断固移転反対の立場でした。それが住民のほとんどの声だったのだから当然です。しかし、半年の間に東京都に説得されて移転推進の立場に変わりました。町会には国策に反対しても無理だという現実的な判断もあったと思います。370人の住民に対して、町会は常任委員という7人の役員で構成されていました。そして東京都と役員の間で話が決着し進んでいってしまいました。歴史の長い団地なので、町会が住民に対して強い拘束力を持っていました。移転に反対のままだった住民は気持ちを訴える場所がありませんでした。また、役員のほとんどは、オリンピックを推進する政党に近い立場の人たちであり、その政党の政治家が都と役員の間を取り持っていました。町会は、考える会に対しても、団地内で活動しないように要請し、住民に対してそのことを掲示しました。情報を共有しお互いの気持ちを話し合うために住民が企画した茶話会にも、参加しないように呼びかけるチラシを団地内に掲示しました。トップダウンで決まった不当な計画であっても、こういう形で多くの住民が反対の声をあげられない状況が続きました。

4つ目は、東京オリンピックに関する立ち退きであるということです。
JSCなどが新国立競技場の国際デザイン競技を拙速に急いだのは、2013年1月にIOCに提出する立候補ファイルにオリンピックメインスタジアムのデザインを目玉として掲載したかったためです。ちなみに、デザイン競技の審査委員長は安藤忠雄で、2012年11月に最優秀賞を獲得したのはザハ・ハディド建築事務所でした。霞ヶ丘アパートを公園敷地にする都市計画を東京都に提案したのも文科省傘下のJSCです。それにもかかわらず、国やJSCは、霞ヶ丘アパートの移転は都が決めたこととして責任逃れをしてきました。霞ヶ丘アパートの立ち退きについては、国にもJSCにも東京都にも責任があるのは明らかです。その立ち退きはオリンピックという都と国と企業が一体になって巨大な再開発を行うイベントのために行われています。

5つ目に、神宮外苑地区の再開発が絡む計画であることです。
神宮外苑地区は、国立競技場や体育館、野球場、ラグビー場、広々といたいちょう並木、明治天皇の記念館、学校や霞ヶ丘アパートを含む広大な区域です。都市内外の自然の美しさを維持保存するための<風致地区>に90年前に日本で初めて指定されました。その他の規制も加わって、そのために高さ20mまでしか建てることが出来ませんでした。その規制を外すためには新たな都市計画を制定しなければなりませんが、オリンピックを旗印とした国立競技場の建て替えは規制を取り払うのに都合が良いものでした。JSCが提案し東京都が承認した神宮外苑地区の都市計画によって、新国立競技場の高さは75メートルまで認められましたが、批判をうけて70mに下げ、現在は50mになりました。しかし、霞ヶ丘アパート敷地を囲むように、JSCの本部ビル72m、JOCの新会館60mが作られ、有力政治家と関係があるとされる民間マンションも80mに建て替えられようとしています。また、伊藤忠などの大手商社ビルも外苑地区の再開発地域に入っており五輪後に再開発をしようとしています。明治神宮にとってもお金儲けの機会でしょう。
そのような中で、比較的貧しい人たちが住む霞ヶ丘アパートが潰されるのです。

6つ目に、公営住宅の不足の中での都営団地廃止であることです。
東京都では公営住宅が石原慎太郎が都知事になった1999年以来、古くなった団地の建て替えだけで新築されていません。一方で、低廉な家賃が魅力である都営住宅の応募倍率は平均で約30倍です。霞ヶ丘アパートの廃止は、住民の人権の軽視であるとともに、東京都や国の公営住宅への軽視にほかなりません。

以上、霞ヶ丘アパート立ち退きに関する問題を述べました。
霞ヶ丘アパートを考える会は今後も住民の意向を実現するために情報を発信し行政と交渉を続けます。現在、霞ヶ丘アパートに暮らしている住民は、95歳の母親と彼女の介護しながら同居している女性、病気を抱えている女性などです。居住しているのに解体作業が行われるという不当な状況にすでにありますが、それでも当事者がより良い日常生活が送れることが大事だと思います。当事者たちは、大変な苦難とストレスの下でも、自分たちは悪くないと堂々と生活をしています。考える会としては、そのことを大事にして活動を続けたいと思っています。

ありがとうございます。






東アジア強制立ち退き法廷で霞ヶ丘アパートの事例報告をしました

台北(台湾)で7月2日・3日に、居住の権利を守る台湾の運動グループらが主催した<東アジア強制立ち退き法廷>が開かれ、日本からは<霞ヶ丘アパートを考える会>が参加しました。
2016年10月にエクアドルで開催される第3回国連人間居住会議と同時開催される第5回国際強制立ち退き法廷に向けてのイベントであり、政府に対して改善計画を提出するよう促すものです。

7月2日、公営団地が六本木ヒルズを真似た都市再開発によって立ち退きにあった広大な空き地に大きなドーム型テントをつくり法廷は開かれました。メディアや観客が熱心に見守る中、台湾・マレーシア・フィリピン・香港・韓国からの当事者や支援者が報告し、審判員(国連の関係者や都市計画の専門家、弁護士など)との問答を行いました。
フィリピンの数万規模なスラムの立ち退きや警察の暴力によって6名の死者が出た韓国での立ち退きなど、どの報告も状況は深刻でした。
霞ヶ丘アパートは、今までの経緯と現在の仮囲いされている状況を述べました。審判員からはIOCや建築家(隈研吾など)への要望などを聞かれました。話している途中から熱帯特有のスコールが降り始め、嵐の中で霞ヶ丘アパートの映像が流れました。他の事例とも共通する行政の住民軽視の問題は理解されたと思います。

7月3日、戦前の日本でモダンダンスを学び台湾舞踏の創始者である蔡瑞月のスタジオでイベントが行われました。再開発計画があったとのことでビルに囲まれていましたが、とても開放的な雰囲気の場所でした。当事者や支援者が怒りで泣いて話が止まってしまったり、昨日に続いて切実な報告が相次ぎました。台湾において再開発のための立ち退きや環境問題が多発していることを知り、今回の企画の危機意識も分かりました。霞ヶ丘アパートは改めて問題点を指摘しました。会場からは今後についての質問がありました。

7月4日、朝から2時間ほどデモを台北市内で行いました。参加者は100~150名くらいでした。日本のデモとちがい警官が少なくデモ中に立ち止まってスピーチできる自由度の高いものでした。先頭車に乗って、霞ケ丘アパートのアピールやデモコールもしました。
今回のイベントは若い世代が中心になり企画・組織しており、準備に半年かかったとのことでしたが、その労力と気持ちには本当に尊敬に値いする、とてもいいイベントでした。
7月中には、霞ヶ丘アパートに関する審判員の勧告が届く予定です。

東アジア強制立ち退き法廷 http://www.taafe.org.tw/iteea2016/
FB https://www.facebook.com/TAAFE.TW/

第3回国連人間居住会議 http://bit.ly/29Dbh2E

2016年7月9日土曜日

霞ケ丘アパートの解体が始まりました


7月4日より霞ケ丘アパート躯体の解体が始まりました。
パワーシャベルなどの重機を使用して現在4号棟を壊しています。工事を行っている大成建設によると4号棟の後は1号棟を解体する予定とのことです。
4号棟も1号棟も居住者に近接しています。振動や音や臭気による被害も発生しています。
東京都は、住民の安全・安心を第一に考えるべきです。
まずは、解体工事をする前に東京都は住民の要望にきちんと耳を傾けるべきではないでしょうか?